第13回 早稲田大学 in のレポート

「人生に、文学を。」オープン講座

【in 早稲田大学 2019年1月27日(日)】

第13回目の講師は、髙樹のぶ子さんと東山彰良さん。今回のテーマは、東山さんが語る「越境文学とアイデンティティ」、髙樹さんが語る「アジアの多様性」。台湾国籍を持つ東山さんが生み出す物語と、アジア10カ国の文学者との交流の中で紡がれた髙樹さんの物語。2人の中で共通に捉えられた「境を越えていく=ボーダーレス」という感覚は、これからの時代を生き抜くための重要なファクターになりそうだ。
心地よいつめたさで引きしまる1月の早稲田に、湿気を含んだアジアの風が吹いてきた。

第13講 講師 髙樹のぶ子さん × 東山彰良さん
「文学、アジアへの視線」

東山彰良さん講義より抜粋

よくまわりの方から「長い物語を書く原動力は?」という質問を受ける。その度に僕は「処理しきれないどろどろを癒すために書いている」と答えている。そのどろどろとは、アイデンティティの不確かさであり、モノを書くことでそれを鎮められると考えている。僕のアイデンティティの不確かさは、「国」という一つの境界に由来している。中国国民党の祖父が共産党に負けて移った地が台湾で、今でも僕は台湾国籍を持っている。9歳からは福岡で育っており、自分のことを台湾人と日本人、どちらか一方に規定しないで生きている、そのことが不確かなアイデンティティを生んでいると考えている。
僕自身は一つのことに定義づけされないボーダーレスな状況に納得して受け入れているが、そうでない人も多くいると思う。一つの境界、定義、価値観に縛られることなく生きるということを伝えるために、今僕が物語として取り組んでいるのが「価値観の相対化」だ。1人の人が思い込んでいるストーリー、例えば「日本人は勤勉だ」とか「黒人はスポーツが得意だ」の上に成り立っている既存の価値観を壊して、常に変容していく価値観に相対的に向き合いたいと考えている。今回のテーマの「越境文学」は、その名の通り、国境を越えた文学とも捉えられるが、それだけでなく一つの価値観(文化)と、もう一つの価値観(文化)を越えていく、そんな文学のカタチがあるのではないかと考えている。

第13講 東山彰良さん 第13講 東山彰良さん

髙樹のぶ子さん講義より抜粋

アジアには3つの特性がある。
一つには、ボーダーがないこと。一神教の西洋とは異なり、タイでは人間には4つのジェンダーがあると考えられている。男と女の間に、女に近い男と、男に近い女があるという考えで、性というもののファジーさや、切れ目なくつながっている感覚はアジアならではだ。
二つ目は、マイノリティ。台湾 ランユー島に暮らすタオ族は4,000人ほどの民族で、独自の文化を築いている。木の一本一本に精霊が宿っていると信仰しており、家を建てるための木と、船を作るための木との区別がある。
最後の一つは、アジアにおける言葉の捉え方。フィリピン ミンドロ島のマンギャン族では竹の筒に固有の文字で詩が書かれた遺物が見つかっている。神や権力者の物語が残されている西洋の石の文化とは違い、「詩」を残すという言葉の感覚が、アジア独特の文化を象徴している。

第13講 髙樹のぶ子さん

髙樹のぶ子さん・東山彰良さん公開討論 司会:早稲田大学 李成市教授

「人間の五感に触れられるのは、日本文学よりアジア文学。アジアの文学には身体感覚性がある」と語る髙樹さん。観念ではなく、匂いや肌の触れ合う感覚、暴力の痛みなど、五感があるからアジアのマジックリアリズムは荒唐無稽にならないという。それに納得した東山さんが語るのは、『トモスイ』の生理的感覚。
「『トモスイ』は場面が頭に残る作品で、想像を超えたエロチシズムがある。パトリック・シャモワゾーやトマス・ピンチョンにも感じられるが、読む側の身体に訴えかけてくるのは、物語のテーマというよりは一つの場面だったりする」。それに対して司会の李先生も『甘苦上海』の中で感じた、アジアの匂い・暴力・雑多さを語る。

第13講 髙樹のぶ子さん・東山彰良さん公開討論

イントロダクション

今回のテーマで2人が同じく語ったのは、「アイデンティティの相対化」。髙樹さんが小説の勉強として読んだE.M.フォースターの『小説の諸相』では人間をフラットに書くのではなく、ラウンド(丸)で書くことで、人間の裏面も表現できると学んだという。
「環境・状況が変わることは不安だけれど、それが人間の強さを生む」と髙樹さん。
「アイデンティティは相対的なものなので不安を生むが、だからこそ新しい価値観を生み出すことができる。硬直なアイデンティティは衝突しか生まない」と東山さん。
一人一人のアイデンティティを越境していく文学が、またここから生まれそうだ。

イントロダクション

髙樹のぶ子さん×東山彰良さんの講義はコチラ

coming soon
第1部
演題「越境文学とアイデンティティ」
多様なアイデンティティが認められつつある昨今、その反動のように固定概念に固執する人たちもいます。
そのような固定概念を相対化し、価値観の衝突を和らげるのも、文学の役割のひとつだと思います。
東山彰良 さん 課題図書 こちらの「課題図書」2冊をお読みの上、ご参加ください。
『罪の終わり』
東山彰良著
新潮社
『罪の終わり』 東山彰良著 新潮文庫
『僕が殺した人と僕を殺した人』
東山彰良著
文藝春秋
『僕が殺した人と僕を殺した人』 東山彰良著 文藝春秋

1968年台湾生まれ。5歳まで台北で過ごし、9歳の時に日本に移る。2003年『逃亡作法』でデビュー。09年『路傍』で第11回大藪春彦賞、15年『流』で第153回直木三十五賞、16年『罪の終わり』で第11回中央公論文芸賞、18年『僕が殺した人と僕を殺した人』で第69回読売文学賞、 第34回織田作之助賞、第3回渡辺淳一文学賞を受賞。

第2部
演題「アジアの多様性」
一神教に洗浄されていないアジアには、混沌とした魅力があります。
人間の内面も何でもありで、それがアジアの文学に摩擦熱を与えているのだと思います。
髙樹のぶ子 さん 課題図書 こちらの「課題図書」2冊をお読みの上、ご参加ください。
『トモスイ』
髙樹のぶ子著
新潮文庫
『トモスイ』 髙樹のぶ子著 新潮文庫
『甘苦上海』
髙樹のぶ子著
文春文庫
『甘苦上海』 髙樹のぶ子著 文春文庫

1946年、山口県生まれ。1984年「光抱く友よ」で第90回芥川龍之介賞を受賞。95年『水脈』で女流文学賞、99年『透光の樹』で谷崎潤一郎賞、2006年『HOKKAI』で芸術選奨文部科学大臣賞、10年「トモスイ」で川端康成文学賞を受賞した。
2001年度より芥川賞選考委員を務める。2005年~10年、九州大学アジア総合政策センター特任教授(アジア現代文学研究部門)を務めた。09年、紫綬褒章受賞。17年より日本芸術院会員。18年、文化功労者。

第3部

公開討論 髙樹のぶ子さん×東山彰良さん

司会:早稲田大学教授 李成市

「アジアと日本文学」
講師のお二人を交えての公開討論。聴講者の質問も受け付けます。